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備忘録。

自分の思った事を連ねていきます。不定期更新。

<北海道冬季自転車旅 苫小牧~宗谷岬>

  • プロローグ

京都から福井まではサンダーバードに乗り、敦賀市内へ辿り着いた。

これから始まる旅に向けてなんだか興奮が抑えきれなかった。

…と同時に上手く行くのだろうかと言う不安も横切った。

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敦賀駅の前で自転車を組み立てた>

 

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<ぱんぱか愛宕さま>

フェリーに乗り込むと、恐ろしい位、外海が荒れていて、船の風呂場の水は揺れているし、あちらこちらでげーげーと吐く音が聴こえていた。
とんでもないなあ、、と思いながら、ほぼ何も食べれずに苫小牧の港についた。

それが大学最後の自転車旅の始まりだった。

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<フェリーに乗り込むの図。俺だけ自転車なので何か笑える>

  • 大学最後の自転車旅

大学最後の自転車旅に出ようと思ったのは色々なきっかけがあった。

大学3年の時に1年休学をし、イギリス留学をした。

帰って来て大学4年の時にアラスカにある北米大陸最高峰、デナリ(マッキンリー)への登山を計画していた。標高6194m。自分が憧れる植村直己さんが今も眠っている山…

 

それまでに山に登って来たのも、全てその山に登る為だった。

 

結果的にこの山への計画はアラスカに行って現地で頓挫したのだった。

アラスカの事を書く事があればまた書きたいと思うのだけれど、それで自分の大学4年間の夢は潰えた。

しばらくは無為な時間を過ごした。

就職活動もする気にあまりならず、適当な所に会社が決まった。

5年かけてお金を貯めて、必ず目標を達成してやろうと思った。

結果的にこれは色々な事があってまた別の人生を歩む事になったのだが。

 

暇を持て余していた時、安物のクロスバイクを一台買った。

それが自転車旅の始まりだった。

 

始めは京都市内を、そして琵琶湖を一周した。

友人とバカ言いながら琵琶湖を一周するのは楽しかった。

青春を謳歌している感じがした。だけれど、挑戦と言うには程遠かった。

琵琶湖を走り終えて、友人に内緒で北海道の計画を立てた。

それが北海道へ行く全ての始まりだった。

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<降りる前に。いよいよ北海道…!>

  • 苫小牧から札幌へ

苫小牧港に着くと、船の係のおっちゃんが「気をつけてな」と声を掛けてくれた。

いよいよ始まった。冬の北海道の自転車旅。

 

ザックに荷物を詰め込んでまずは苫小牧の街を目指した。真っ暗で街灯が無い中を走って行く。

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<苫小牧港〜苫小牧へ>

苫小牧に着いて、確かに雪はあったが、この段階でアスファルトが見えまくっていた。これなら大丈夫だろう。苫小牧の街へは1時間半程で着いた。途中ハンガーノックになりかけた…

明日からいよいよ北へ。

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苫小牧駅前>

  • 北への道

苫小牧を出る日には沢山の人に声を掛けてもらった。「頑張れよ」と応援して貰えた事が凄く嬉しかった。

 

苫小牧からはまず千歳を目指した。札幌を目指すと遠回りになるから、稚内の帰りに寄る事にしたのだ。千歳にはあっという間についた。

f:id:shohei6194:20161218192137j:plain<飛行機マーク!>

千歳からは地図を見ていると、岩見沢と言う所が近いらしい。よし、今日泊まるのはここにしよう…と言う事で漕ぎ進めて行く。

 

途中、自転車を押していると「どこへ行くんだ」とおじさんが言う。

稚内までなんですが…」と言うと驚いた顔をして「そりゃ凄い!入れ入れ!ちょっと休んでけ!」と言われた。

 

家の中に入ると日ハムのグッズが所狭しと並べられていた。ロッテファンな俺には中々なアウェー感だった(笑)
これも北海道ならではだ。しばし日ハム談義で盛り上がり、カレーやお菓子を頂いた。

「すいません色々と」と言うと、良いんだよ、それよりももっとほら、持って行け!と色んな食料を貰った。全体的に、北海道では殆ど昼間に行動食らしいものを食べなかった。だから、この時の食事は嬉しかった。

 

暫くして家を後にする。

先を急がなくてはならない。

実はこの旅、卒業論文を仕上げてから出て来たのだが、卒論を提出する日までには京都に帰らなくてはならんと言うとんでも強行日程だった。我ながらアホである。

なので、その日までには全てを終えなくてはならない。

 

岩見沢に着く頃にはかなり真っ暗になっていたが、適当な寝床を発見したのでそのまま就寝。

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岩見沢への道。真っ暗で見えない>

しかしこの日1日だけでチャリとカバンがえらく泥だらけになってしまったのであった。

 

翌日からは一路旭川を目指した。

奈井江町辺りを通過すると、本当に直線の道路が延々と続く様になっている。

本線を逸れて脇道に入ると、真っすぐ並行しているのはいいのだが、除雪されておらず、雪で埋まってたりする。
本線を延々と走って行く事にした。

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さだまさし北の国からが聴こえてきそうだ>

段々と走って行くと、この直線道路が日本一長い直線道路である事を示す看板があった。

なるほど、だからこんなに直線だったのか…

この日は砂川について、その後、旭川を目指した。

しかし、旭川以北では天気予報だとえらく天気が荒れているらしい…本当に大丈夫だろうか。

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奈井江町。この辺りから歩道が埋まる>

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<精神やられました・・・>

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<砂川駅。道路は凍っていた>

漕ぎ続けると、あっという間に旭川についた。

 

  • 旭川で一時停滞

旭川で一時停滞してこれからのルートを考えた。

一つは幌加内町を通るルートだった。もう一つは音威子府村まで大きな幹線道路を通って行くルート。

どちらにしても雪はここからはかなり多いらしいので、覚悟は決めなきゃならなかった。

 

もう一つ。

士別名寄…と一般幹線道路を踏んで行くルート。これなら少し難易度は下がる。

 

次の日は、吹雪であった。
それでも決めた以上、北へ向かわねばならない。

 

現在のペースが大体1日50~100km程度。
アスファルトだと速度は出るが、雪道は速度が出ないと計算をした上で、音威子府を目指す事とした。

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旭川市街。出発前夜…雪です>

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 <名寄を目指す。稚内は敢えて見ない>

旭川から北へ行くと塩狩峠と言う峠に差し掛かった。

 

塩狩峠三浦綾子の小説『塩狩峠』で有名となったが、その題材は1909年の事件。

旅客列車の連結器が離れ、暴走する客車の前に車掌が立ちふさがり、身を捧げて乗客を救ったと言う事故がモデルとなっている。

 

塩狩峠の標高は263m。

昔は石狩国天塩国の境でもあった。

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<幹線道路はこの通り。真っ白だ>

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塩狩峠の最高点を越えた辺り>

この峠を越えれば和寒(わっさむ)町である。 


塩狩峠を越えて和寒へ。

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<北海道の中でも寒い地帯に入って来た>
 

和寒という名前の通り、本当に寒い街だそうで、冬の冷え込みが厳しい事で知られる。

そして、ここ、和寒は日本有数の寒さを持つ街として知られ、冬場は-30℃近くになる事で知られるそうだ。

和寒の名前は、アイヌ語のアッサム・ワットサムから来ていて、意味はオヒョウニレの樹。

この樹が沢山はえていた事に由来するそうである。

 

和寒に入ると峠の下りに入る。しかし冬の峠の下りはもの凄く寒い。刺すような痛みが襲って来た。

 

今日は剣淵まで行こう、と思い、自転車を漕ぎ続ける。

道の駅絵本の町剣淵を目指した。

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<本日の宿泊地とする!>

剣淵町に入るともう真っ暗になっていた。道の駅の裏側にテントを張ると、「良かったらこれ食べなよ」と鶏の燻製、スープなどなどを頂いた。

本当に嬉しい。

毎日こんな感じで、走っていると何らかを貰った。

北海道に持って来た食料はほぼほぼ使わなくて済んだ。

 

寒いけれど人は暖かい。
本当に素敵な場所だと思いながら、この日は眠りについた。

 

次の日、一路名寄へ。

名寄の知人の所に寄る予定があった為、その旨を知人に連絡しておく。

この日は吹雪が凄く目の前が見えない。

剣淵~名寄の数十キロだけだったのだが、雪が身体にへばりつく。

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 <いよいよ名寄市へ>

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<自転車バラしてタイヤのパンクを治す。手がかじかむ>

士別辺りで目の前が本当に見えなくなった。ゴーグルを顔に付けて先を急ぐ。

名寄についた時には本格的に雪が降っていた。

士別で「稚内まで行くのか!?」とバイクの人に話しかけられた。「そうだよ」と言うと、「向こうで逢おうね!」と声を掛けられた。嬉しかった。

 

名寄ではゆっくりとした時間を過ごした。

知人にホテルまで取ってもらった。

全てを乾かす。食える物をしこたま食べた。ここまでまともに食事も出来ていなかったし、昼間はカロリーメイトを齧りながら走っていたからだ。

 

車に乗せてもらい、これから行く道を下見。

音威子府方面に向かうと、いきなり登り坂が続いていた。

下見をした後で、様々な事をお茶を飲みながら話し合って別れた。

 

ホテルのガレージで自転車の整備をした。

自転車とスパイクタイヤがどうにも噛み合わず、パンクが連発していた。

スパイクは何とかならないのだろうか?と思ったが、とりあえず走り続けるしかない。

 

荷物を積み込んで、明日朝9時に出発する事にした。目指すは音威子府

50km漕げば音威子府に着く。

 

音威子府村は北海道で一番小さい村とされる。

-30℃近くになる事が結構あり、道内でも有数の豪雪地帯とされる場所だ。

 

そこを越えれば稚内までは2~3日で辿り着く事が出来る。

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 <こんな感じの道が段々と増えて来る>

 



名寄を越えると極端に交通量が減った。

美深と言う町までは順調に進んだが、美深を過ぎたあたりからはパンクが多発、どうにもならない。

f:id:shohei6194:20161218234242j:plain<横のでっかい溝は除雪車の跡。後ろから迫って来るのは怖すぎた…>

どうにかならんか…と思って考え出したのが、後ろのスパイクタイヤを外そうと言う事だった。

 

3kmほど外して走ってみたら、意外と走れて、それ以降パンクしなくなった。
接触が悪かったのか?

 

音威子府についたのは12月31日。
この年も終わった。

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音威子府村到着>

来年はどんな年になるだろうか。
そう思いながら眠りについた。

 

  • 新年

天塩川温泉の近くに宿泊し、翌日は行ける所まで行く事に。

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音威子府の駅。駅に居たおっちゃんと話をする>

 

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天塩川温泉駅に到着する宗谷本線の普通列車>

中川を目指す事にしたが、昨日のタイヤ作戦の成果もあり、音威子府~中川までを何と2時間で攻略する。

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<強烈な下り坂がこの先にあった>

 

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<いよいよ100kmを切ったぞ!>

中川の駅でコーヒーを沸かして飲んでいると、バイクの人が来て、「自転車で稚内!?」と言われた。

「もう少しなので頑張ります」と言うと、「コレでも持ってけ!」と暖かいコーヒーを貰った。

何だかとても嬉しかったが、これまでガソリンスタンド、道の駅、そして道行く人々から沢山の物を貰った事を思い出した。
本当に嬉しい。

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バイクで来ていた方々>

 

中川から先は長い道が続いていた。防風林が道の横にあり、風が吹き付ける。

向かい風に立ち向かわねば先には進めないのだけれど、時速5kmも出ていない箇所もあったかもしれない。それでも先に進まねばならなかった。

 

幌延の近くで夜になった。風力発電の風車がもの凄い音で回っていて少し怖い。

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<北に来た>

豊富駅の近くについて、テントを裏手に張った。

明日はいよいよ稚内だ。もう少しだ。

 

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<豊富駅前にて>

朝、テントの中で雑炊を作っていると、宗谷本線の音で目が覚めた。
テントを畳み、いよいよ稚内へ向かった。

この日の気温はマイナス10度を下回っていた。

自転車にのり、稚内までの道を漕ぎ倒す。稚内までの距離標識がどんどんと短くなって行く。

その事が嬉しくてたまらなかった。

 

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<北海道はこんな道が旭川以北は続いた>

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<安全運転了解しました!>

そうして稚内へついた。

稚内につくと、目に付いたのはロシア語の表記だ。

まるで異国にきたようだった。

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<ロシア語表記がある>
 

日本最北端の駅にもついた。帰りはここから札幌に一気にワープする事になるが、明日はいよいよ宗谷岬だと思うと、本当に嬉しかった。

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 <稚内駅。北の最果ての駅である>

  • 日本最北端の岬へ

いよいよ北へ向かうのも最後の日となった。

稚内で目を覚まし、身支度を整える。

 

北の端っこにある宗谷岬を目指して自転車を漕ぐ。もう後はこのアスファルトの道を延々と漕いで行けば、きっと1時間半もすれば宗谷岬に着くだろう。

 

宗谷岬に向かって漕ぐが、漕いでも漕いでも地形的に偽の岬みたいな物がどんどんと現れ、あそこかな?あそこか!?と思う度に裏切られた。

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 <最後の日は青空>

宗谷岬が見えて来て、そこで写真を撮った。

 

ここから先は北に行く事が俺には出来ない。だけれどいつかは…と思いを巡らせた。

 

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<日本最北端の碑の前で>

宗谷岬から稚内へ行き、そして札幌へ向かう。

どんどんと今まで訪れた地名が現れた。

稚内、豊富、幌延、中川、音威子府美深名寄士別和寒、旭川、深川、砂川…
町であった色々な人達の事を思い出した。

そうこうしていると札幌についた。

高校生の時に電車で旅した終着点が札幌だった。

その時よりも北に行く事が出来た事を嬉しく思った。

 

札幌に到着し、ネットカフェを探した。
自転車を埋もれた自転車置き場に止める。

盗る奴もいないだろう。
札幌から小樽港までは自転車で行って見る事にした。

もう旅も終わりだ。本当に自分を成長させてくれた素敵な旅だった。そして今日はテント泊じゃない、ゆっくり休もう。

 

  • そして京都へ

札幌から小樽までは笑える程雪が降り、自転車を無理矢理押して行くハメになった。

小樽築港の近くに自転車を止めて小樽市街地へ入り、小樽でオルゴールを買った。

吹雪の小樽を観光し、お好み焼きを食べながら、旅の話をすると「これ、船の中で飲みなさい」とお茶を貰った。本当に嬉しい事だった。

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小樽市へ>

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小樽市街地…酷い吹雪>

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<有名観光地もこの通り(笑)>

船は小樽から舞鶴へ向かった。

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<さようなら北海道>


舞鶴について舞鶴港でテントを張った。雪が降っていなかったので大した事はねーだろと思っていて翌朝起きたらうっすら雪化粧…舞鶴でも雪かよ!と悪態をついたのを思い出す。

 

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舞鶴港にて。朝テント内から写真を撮った図>

赤れんがパークの横を走って綾部を抜け、綾部でパンクをし、チャリ屋に寄ったらお茶を貰ったりした。凄く嬉しかった。

 

綾部から先は亀岡の峠を越えて、そのまま京都市内へ。

川端五条の所でギアがいかれて、そのまま天下一品本店の前へ帰った。

 

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舞鶴から綾部へ>

そこから実家までは徒歩45秒。泥の様に眠った。

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<帰宅!!!>

北海道の挑戦が今となっては懐かしい物になっているのだけれど、冬の自転車のきっかけをくれたのは間違いなくあの旅だった。

北海道の人達の優しさ、そして食べ物がおいしい事、自然の大きさを実感する旅だった。

 

次回行く時にはまた別の所に行きたい、、と思っている。

あの時お世話になった方々、本当にありがとうございました。

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<知人が車から俺を撮ってくれた写真。個人的にお気に入りです。> 

 

<終>

 

 

  • 自転車のデータとかその他もろもろ

自転車はコルトマデラと言う自転車を用いた。

この時は今見たく自転車の知識も無いに乏しかったので、初めて買ったクロスバイクで出発し、キャリアも一番安い物を使った。但し、オルトリーブだけはしっかりと買い揃えた。

現在自転車はGreat Journeyに買い替えたが、正直こちらの方が色々ツーリングには向いていると思う。

 

テント等は冬山で使っていた物を用いた。燃料はガスカートリッジだったが、今なら間違いなくホワイトガソリンか、ガソリンを使えるストーブを用いると思う。

 

スパイクタイヤと呼ばれる冬のタイヤも用いたが、音威子府以北ではほぼ使わない事になった。前輪だけスパイクを付けて走行していた。

 

北海道は確かに広いが、今回通ったルートはは50km毎にコンビニ(主にセイコーマート)があるので、食料補給にはそこまで問題点は無かったかなと思うし、夏場であれば道の駅なども利用出来るから大変に良いし難易度的にはそんなに難易度がある訳では無い。

北に向かって走れば向かい風は強いが、逆だと追い風にもなるし…夏なら素敵なツーリングが楽しめるだろう。

 

で、冬の自転車で走っていて感じた事等は多々あるのだが、個人的に北海道を旅していて思った事など。

 

  • 吹雪

北海道の吹雪はかなり強烈だった。

目が開けられないし、稚内近辺の吹雪はこたえた。

旭川で猛烈な天気の悪さになってからは、毎日どこかで吹雪があったし、その中を自転車で走っていた。

ちなみに、吹雪になると全ての装備がぱりぱりになる。

防水加工された装備が必須。

 

  • 道路状況

旭川以南は除雪が入っていて雪は無かった。

旭川以北は基本的にアイスバーン

 

  • 防風林

風が強い区間は防風林が多々あったのだが、その防風林の合間から風が吹き付ける感じ。

 

  • 向かい風

名寄稚内の間でかなりの向かい風を経験した。

稚内手前での向かい風は雪混じりの向かい風だったので、時間帯によってはほぼ押している事もあった。

ただ、時間帯によっては完全に無風になったりもしていたので、この辺は天気にもよるのだと思う。

 

  • 補給地点

我らの味方セイコーマートが多々ある(笑)

ただ、場所によっては50km毎とかにショップあり。

雪を溶かすのはいいのだが、北海道は一応エキノコックスに汚染されている地域なので、そこは考えた方が良いかもしれない。

町は基本的に幹線道路から離れた位置にあるそうだ。

 

  • 道の駅と宿泊施設について

道の駅には大変にお世話になった。

基本的に冬の北海道で旭川以北の道の駅はあまり人が来なかった。補給地点として使うにしても、自販機があるだけだったりするので、補給地点としては心もとないのだけれど、宿泊地として使ったりもしていた。

 

普通のホテルは大体大きな街であればあるが、割と割高だった。

苫小牧~旭川間であれば、最悪電車ワープを使えば大きい街でホテルを見つける事も出来るんだろうし、ネカフェがある所にはある。

ただ、ホテルが全くない場所とかもあるんで、その辺りは考えて行動した方が良いかもしれない。そして、街からかなり離れた所でないとホテルが無かったりするケースなども存在する。(大体駅前まで迎えはあるらしいが。)

 

  • ワープについて

札幌~旭川は容易にワープ出来ると思う。理由は在来線が多いため。帰りは特急を用いた。

旭川以北は宗谷本線が走っているが、時刻表が1日3本とか割と洒落になってないので…あまり電車を当てにしない方が良いかもしれない。

 

稚内から札幌に戻る手段は飛行機と電車の両方があるが、電車のがベターだと思う。

電車で完全に輪行袋輪行してしまえば、特に問題は無いし、特急列車を使えばあっという間に札幌まで行く事が出来る。また札幌近辺にはホテルも多々あるので問題は無いだろうと思う。

 

<終>